クロニクル : アフターザフォール (カルダリプライムの戦い外伝、的な。)

クロニクル : アフターザフォール "After the Fall"

(2013.03.25 by CCP Abraxas)


40年連れ添った妻に先立たれ、ずいぶん長いこと悲しみに暮れてきた。だがいつまでもそうしていられないものだ、私はかつての趣味を再開することにした。このまま何もしないでいるわけにもいかないではないか。私ぐらいの歳になると頭は使ってやらないとすぐに錆ついてしまう。それに人は土地と共に生き、土に自分の証しを残すべきで、それをやめた者には何の価値もないのだ。

趣味というのはガーデニングだ。私は庭の芝生を一部取り去ったり、肥えた土壌に苗木を何列も植えたりとせっせと働いた。こんなことをするのもレヴォッタと知り合った当時以来だ。彼女と出会って、私はそれまでの趣味は全て忘れ家族を持つことにしたのだ。正直なところ未練はあった。家族と趣味を両立させようとする者もいるのかもしれないが、私に言わせればなかなかそう都合良くはいかないものだ。やるならしっかり集中してやる、やらないならきっぱり忘れる。趣味も家族も中途半端な気持ちで維持できるようなものではない。私は自分の人生をロヴェッタ、そして子供たちに捧げると決めたのだった。

子供たちは野心と気力に満ちた青年へと育ち、一人また一人と遠く離れた大陸へ移り住んでいった。やがて私と妻の二人だけとなり、ついにこうして私一人だけになった。だからガーデニングを再開することにしたのだ。それに加えて私は犬も飼い始めた。犬への愛情はいったん飼い始めてみると瞬く間に高まったが、不思議と名前をつけようとは思い至らなかった。平和な日々が過ぎていった。私たちガレンテの人間にとってカルダリプライムでの生活は、少なくとも私の知る限りでは、それなりに幸せなものだった。ガーデニングだが、実際に再開してみると思っていたよりも難渋させられた。衰えたなりにも体力は残っていたし道具の扱い方も忘れてはいなかったが、やはり私は老いており勘も鈍っていた。それでも休むことなく作業を続けた。それが私の生き甲斐だったからだ。

だがカルダリ人が帰ってきた。


何十年来の知り合いが何人も連行されていった。某水中都市に移送されたのだ、などとまことしやかな噂が流れた。両隣の住人たちも一晩の間に消えた。通りをカルダリの衛兵が巡回し、見上げれば空にできた傷口ででもあるかのようにタイタンがその身を横たえていた。社会の主要組織は解体され上層部は侵略者側の選による人間に入れ替えられた。かろうじて機能を保っているかに見えた各インフラも少しずつ崩壊し始めた。必需品が入ってこなくなり、あらゆる社会機能が徐々にその役目を果たさなくなりつつあった。みんな殺されてしまうのではないかとしばらくの間はひやひやしたものだ。侵略者であるカルダリによる最終攻撃によってというよりも、追い込まれたガレンテ人による暴動とその動乱の中で。

カルダリ人を冷酷だと表現することに異論はない。だが彼らは同時に徹頭徹尾効率を重視する民族であり、私たちが獣のような生活におちぶれていくまま放っておく気は、見上げたことに、まったくなかった。それも単に彼らにそうする気がなかったというだけではない。彼らの行動は明らかに計算づくなのだ。中には移住させられた者もいた。移住先には検挙された反体制派たちの家が利用され、ガレンテ人は一定の地域にまとまって配置された。カルダリ側はこれにより警備にかかる人員を削減すると同時に、私たちの共同体意識を高めしばらくの間は人々の気持ちを鎮めることに成功した。公共サービスも復旧した。生活が好転したとはとても言えなかったが、少なくとも水道と暖房はあり、いくぶん文明社会らしさを取り戻した。

壁の建設が始まったのはそれからほどなくしてだった。その壁は人々の不満を再び呼び覚ました。市街でも潤った区域は入植してくるカルダリ人のために確保されてしまった今、気づけば私たちは自宅にいながら投獄されているも同然だった。聞いたところでは入植者たちはティバス・ヘス政権の資金援助を受けているとのことだった。ということは彼らはいわば使命を帯びてやって来たのだ ―― 私たちのとは比べ物にならないような豊かな社会を築きあげるという使命を。壁が完成しカルダリ人の入植が完了すると、そちら側へ行くことは私たちには原則として許されず、たとえ許可がおりても短期の滞在しか認められなかった。向こう側へ逃れようと試みる者もいたが、いずれも捕らえられ、こちらに送還されるか撃ち殺された。

その間も私は庭の、そして犬の世話を続けた。私の手が加わった土地は着実に広がり続け、犬への愛情も日ごとに深まっていた。ガレンテ人の心から怒りが消えることはなかったものの、疲れきった精神はゆっくりと無関心に覆われ始めていた。そんな状況にあっても誰を責めるでもなく幸せそうに私を見上げるばかりのこの同居人の存在は、私にとって救いだった。私たちの社会はまるで家族が、例えば親が、亡くなりでもしたのかというような雰囲気だった。初期の反射的な怒り、不満、反乱が収まると、あとに残っていたのは中心人物の不在という事実と、どうしようもない無気力感だけだった。身をもって手本を示し人々を率いることのできる者はおらず、かといってそれをどうにかしようという気概を持つ者もいないのだ。私たちが身内に矛先を向けるしかなかったのも無理はないというものだ。

この怒りと無関心への二極化はその後の年月の中で私たちの社会を象徴するものとなっていった。人々の中には絶えず名状しがたい感情が渦巻いていたが、それはふつふつと煮えながらもかくはんされ、混ざり合い、決して沸点に達することはなく、むしろ人々の心の闇を育む絶好の温床となった。犯罪が増加し地区によっては極度に治安が悪化したが、衛兵 ―― カルダリの ―― が事態をそれなりに統制していた。衛兵の巡回の様子を把握していた私は、彼らが姿を見せることで人々がいかにおとなしくなり、同時にいかに怒りを沸き立たせるかを目の当たりにしていた。思うに、私達が侵略者に対して何もできなかったという事実のうしろにあるものは、私たちが自らを、そして自らの無能さを見て見ぬふりをしてきたという事実と、どこか共通しているのではないだろうか。壁の向こうのカルダリ人がたとえ何も与えられていなかったとしても ―― 補助金も、衛兵も、空から見下ろすタイタンも ―― やはり自分らなどより優れた社会を築き上げていただろうということを、私たちも心の奥底では認めていた。

正直なところ私は同胞たちのことが恥ずかしかった。私たちは平和ボケをしていたのだ。確かにその場の思いつきや好みで行動するのがガレンテ人の特質だとはよく言われるが、それでも私は皆が力を合わせてこの事態を打開する姿を見たかった。だが事態の打開どころか、私たちが実際に手に入れたのは割れた窓、強盗、行方不明、そして毎日のように報じられる善良な人々が暴力の犠牲になったというニュースだった。そしてそれらは低俗なうわさ話のネタとして人々の間で日々交わされた。現状には満足できず、かと言ってそれをどうにかしようと行動を起こすこともできない臆病者の間で。

そういったことのすべてが私を ―― 私も ―― いらだたせた。自分が弱く無力な者であるかのように感じられた。だがそんな気持ちでいても何も始まらない。私は庭に集中することにした。少なくともここでなら私にも何かしら達成できる。社会が混沌とすればするほど、私は自分の仕事に集中することができた。まわりの者たちが物事を見失っていくなかで、自らは見失うことのないよう気をつけていさえすれば良かった。両隣の家はと言うと、その後も主を得ることはなかった。隣との土地を区分けしているのは、かかとほどの高さしかない柵だったため、私は作業がはかどるのに任せて庭をそちらにまで広げてしまった。庭の大部分は野菜とハーブにあてたが、随所を花で彩った。

彼らは何度か私をおどかそうとした。目を覚ますと、ことを起こそう気勢をあげている声が聞こえてくるのだ。窓に何かが投げつけられたことも数回あった ―― 石ではなく、大抵は道に落ちていたようなゴミだ。だが私には犬がいた。勇敢な大型犬に育った彼は常に用心深く、異常をかぎつけるたびに外に出せとせがんだ。ドアを開けてやりさえすれば、後は彼が不審者を追い払うべくうなり声を上げて飛び出して行くのに任せておけば良かった。私は彼らが犬に危害を加えたり銃を向けたりするのではないかというような心配はまったくしていなかった。まともな武器を持っている人間が窓にゴミを投げつけたするだろうか?そんな輩が興奮した今にも襲いかかってこんばかりのすばしっこい標的に、冷静に銃口を向けられるだろうか?彼らはこの混沌とした時代の中で少々混乱してしまっただけなのだ、決して悪気があるわけではない ―― 私はそう考えることにした。

だがある日、犬の姿が見えなくなった。

日中に外をぶらつくことは決して珍しくなかったが、それでも暗くなるまでには戻ってくるだけの賢さをもった犬だった。日が落ちてからの街は危険だ。それに私が彼を必要としていることは彼もわかっているはずだ。最初の夜は心配すまいと努めた。朝までには戻ってくるさと自分に言い聞かせた。その夜は少ししか眠れず、ずいぶん早く目覚めてしまったが彼は戻ってきていなかった。

その日私は街へ出て人々に聞いて回った。犬にも呼びかけて回ったが、すすけた街並みから応えが返ってくることはなかった。数えきれないほどの人に話しかけてみたが知っている者はおらず、腹立たしいことにはしばしば無視された。彼らにとって私は通りで大声を上げているただの老人でしかなく、彼らの視界から消えると同時に私は彼らの意識からも消えてしまっているのだ。彼らにとって私は何の価値もない、無用な人間の一人に過ぎなかった。

私は朝から休むことなく探し続け、日が暮れ始めてもなおやめず、ついには街が闇に包まれ始めた。そこは危険だから近づくなと警告されるようなこともあったが、私は構わずどこにでも入っていった。街のことならなんでも頭に入っている。私は静かに誰にも見られることなく動き回った。

再び日が昇ったところで、私はようやく帰途についた。もう戻ってきているのではないか、そんなかすかな望みも家に帰り着くとむなしく絶たれた。私は飲み、食べた。空腹は頂点に達していた。シャワーを浴び、髭を剃った。またたくさんの人に話しかけねばならないのだ、むさ苦しい格好をしているわけにはいかない。ひととおり済ますと再び家を出た。庭は少々の間なら心配ないはずだ・・・。

あきらめがつくまでに 5日かかった。私はただただ疲れ切っていた。睡眠時間は片手で数えられるほど、足は絶えず痙攣を起こし、声はかすれ囁き声とさえ呼べないものに変わってしまっていた。私は外着のままベッドに倒れ込み、まんじりともできずにいた。私はボロボロだった。悲嘆に打ちのめされた心は泣き方すら忘れてしまっていた。何年もの間あの犬は私の友人であり、唯一の家族だったのだ。その友を失った絶望感と無力感に拍車をかけるように、レヴォッタの死で味わった喪失感と寂しさまでもが洪水のように私を責め苛んだ。泣くことすらできず、その場で横になったきり、私はむなしく虚ろだった。価値の無い人間 ―― 今の私のことだ。

唐突に夕刻が訪れた。いや、絶え間ない想いの渦中でそれでもどうやら眠ってしまっていたのか。家の外からはなにやら物音が聞こえる。何が起こっているのか、そして自分がどこにいるのかが頭に入ってくるまでにしばらく時間がかかった。その物音はしばらく前から続いていたのだ、と何かが私に告げていた。―― これは裏庭からだ、通りの方からの音ではない ―― ようやくそのことに気づいた私はベッドから飛び起きると窓へ向かった。その光景に私は血の気が引いた。

部分的にだが庭は見る影もなくなっていた。植物は引きちぎられ、ばらまかれ、土壌は踏み荒らされていた。人が ―― ガレンテ人だ ―― 何人か土にまみれて倒れている。気を失っているようだった。そしてその横にシャベルが散らばっているのが目に入った瞬間、私は声もあげられず喘いだ。

倒れた人影を取り囲んでいたのは銃を構えたカルダリの衛兵だった。状況も何もわからないまま、私は家を飛び出しその人の群れへ駆け寄った。犬を失った私は完全に動転していた。普段の私であればそんな集団に不用意に近づくことなどあり得ない。だがそのときの私は何も気にしていなかった。その場で頭に銃弾を撃ち込まれてもかまわなかった。

驚いたことに私への衛兵たちの対応はごく丁寧なものだった。やつれきった、死に損ないの老いぼれを前にして彼らは ―― わが同胞の宿敵は ―― あたかも自らの同胞を扱うかのごとく良識的に私を扱った。声を荒げるでもなく何度でも私にことの経緯を説明して聞かせ、私の話には注意深く耳を傾けた。私の声はいまだひどくかすれていたうえに、話している最中も興奮しだしたかと思えば、睡眠不足のせいでしどろもどろになったりと、到底まともな状態ではなかったにもかかわらずだ。

彼らは私の庭のことをしばらく前から知っていた。彼らはこの灰色の死んだ廃墟と化した社会の中で、細々とではあってもまっとうな生活を送るべく精進する者として私をとらえてくれていたのだ。彼らは私の庭に敬服してくれていた。私の中で何かが共鳴するのをこのときほど抑えるのに苦労したことはなかった。

… 私の庭の方から声が聞こえるのに気づいた衛兵が様子を見に来ると、ガレンテ人 ―― わが「同胞」 ―― が庭を荒らしているところだった。衛兵はやめるよう警告したが彼らは言うことを聞かなかった。衛兵は応援を呼び、躊躇することなく制圧用具を使用した。その結果、火ぶくれや裂傷を負った若いガレンテ人たちがこうして地面に転がっているというわけだった。

彼らに同情する気にはなれなかった。これはその場の思いつきなどではなく、明らかに計画ずくの行動ではないか。彼らはシャベルを手に、私の庭を荒しつくすという明確な目的をもってやってきたのだ。私のなけなしの安らぎの場を、修復不可能なほどめちゃくちゃにしてやろうと前々から謀っていたのだ。そしてその計画はあと少しで成功するところだった。今の私にとっては計り知れない打撃に、一巻の終わりとなるところだったのだ。

私は衛兵たちにハーブや野菜を好きなだけ持っていってくれるよう勧めた。衛兵たちは丁寧に断ったが、どこか面白がっているふうでもあった。今後私や庭に危害が加わることのないよう通達を出し、どのようなかたちであれ私が被害を受けるようなことがあれば徹底的な摘発が行われるだろうとのことだった。私は心から礼を言った。犬にも目を光らせておくからと言い残すと、彼らは悪党どもを連行していった。

悪意にもとづいたものであったとはいえ、その事件は私にとって救いとなった。忘れかけていた私の生き甲斐を思い出させてくれたのだ。おかげ私の信念はで揺るぎないものとなった。この先後悔することは決してあるまい。私を包んでいた悲しみが徐々に薄らぎ始めた。悲しみを忘れてしまったわけではない。が、今はその時ではないのだ。同胞に対する言いようのない嫌悪感も、カルダリ人に対する抑えがたい共感も、私の中で次第に大した問題ではなくなりつつあった。他人になんと思われようとかまわない。自分が間違っていないのはわかっているし、私さえわかっていればそれでいいのだ。私にはやり遂げなければならないことがある。この歳にして体は健康で意識もはっきりしているのは、この世に生まれた使命をまっとうするために私に与えられた道具であればこそに違いない。それが気にいらず、私の邪魔をしたいというのなら好きにすればいい。庭が私を必要としている。だから世話をしてやるだけのことだ。肥料も十分に与えよう。庭は育ち、茂り、私を看取ってなお生き続けるだろう。空を覆うあのタイタンの影で。

その影の下でガーデニングを続けていくつもりだった。この先ずっと。だがその事件から何週間も経たないうちに「何か」が起こった。奇妙な静けさが街を包んだ。巡回している衛兵を見かけなくなった。何が起こっているのか、確かなことを知っている者はいないようだったが、この星のどこか別な地域が戦闘状態にあるのだという噂がひっきりなしに流れた。

子どもたちの無事が気がかりだった。地域間の通信は遮断されて久しく ―― 近親者が亡くなれば通知を受けたが、それだけだった ―― 私にできたのは子どもたちは成功し幸せに暮らしているのだと信じることだけで、そこから先はあえて考えないようにしてきた。しかしこうなってみると連絡がとれずにいたぶん、最悪の可能性ばかりが頭をよぎった。

一日また一日と時は経過していった。しばしば遠雷のようなごくかすかな音が聞こえたように思え、他の者に確認してみるとやはり同様の音に気がついていた。衛兵の巡回はその後再開されることはなく、私は自分自身、庭、そして地域全体の行末に不安を募らせた。

それでも例の壁にはまだ警備の者がついていた。彼らがこちらからの呼びかけに応えることはなかったが、私は通い詰めては何か情報が漏れてこないかと耳をそばだてた。不審に思われるようなことはなかった。年寄りが何時間座り込んでいようと気に留めるものなどいないのだ。年をとるのも悪いことばかりではないというわけだ。断片的にではあったが、次第に彼らの会話が耳に入ってきた。何かが起こっている ―― この星で、そして宇宙空間で。「戦い」の話、進撃を続ける「部隊」の話、「ティバス・ヘスが危うく命を落としかけ」「指揮系統が混乱」しているとの話。彼ら自身が状況に確信を持てず、強い不安を感じているようだった。

その夜、すさまじい振動と音で私は眠りから覚めた。家全体がたわみ激しくきしんだ。近くで爆弾が爆発したのではないかととっさに考えた私は、よろめきながらも異常はないかと庭へ駆け出たが、特に変わった点は見あたらなかった。何かが頭上で光った。だが見上げるよりも早く次の一撃に襲われ、そのあまりの大音響に私は耳をふさぎ、思わずひざををついた。

音がようやく収まると私は空を見上げ、その光景に呆然となった。タイタン ―― ベヒモスのごとく、何年ものあいだ空から我々を見下ろしてきた神の輿 ―― が、燃えていた。私はただそれを眺めた。自分の見ているものの意味を把握することなどとてもできなかった。タイタンを囲う何隻もの船はどれもそれ自身巨大で、武器が発する光が絶え間なく点滅していた。

再度の轟音が襲ってきた。いくぶん小さかったが、それでも私をよろめかせるのには十分だった。いや、この音が頭上の戦いのものであるわけがない、船がいるのは大気圏外なのだ。それに気づいた私はハシゴを引っ張りだすと屋根に上がった。たいして高い屋根ではなかったが、それでも多少は地平線沿いを見渡せるようになった。

かすかではあったが間違いない。数ヶ所かで何かが光っていた。すべて同じ方角からだ。私は老いた足腰にムチを入れ、滑り落ちそうになりながらハシゴを駆け下りると、双眼鏡をつかんで再び屋根に上がった。やはり何かが光っている。これは、爆発光だ。どうもこの区域とは別の地区、おそらくこの大陸の最端だろう。あまりに遠くかすか過ぎる ―― これはあそこだけのことなのだろうか? ―― ふとそんな考えが私の心をよぎった。

屋根に登ってからずっと何かが心にひっかかっていたが、ようやくそれが何であったのかに気がついた。私は例の壁に双眼鏡を向けた。衛兵の姿はなかった。ただの一人も。招集されたか逃げてしまったのだ。

さてこれは何を意味しているのか ―― その答えを見つける間もなく、閃光が頭上から降り注いだ。見上げた先に広がっていた光景は驚異的としか言いようのないものだった。私の眼前で、威風堂々たるタイタンのその船体が、あたかも神の手で二つに引きちぎられたかのように、ゆっくりと二つに折れた。空全体を覆わんばかりの爆発の嵐の中で、「それ」が、カルダリの支配の象徴が、ボロボロと崩れ、地上へと沈みはじめた。息を詰めたままそれを吐き出すことも忘れ、私はその光景を見つめていた。ああ、これまでなのだ ―― このときほど死を間近に感じたことはなかった。

気づくと私は倒れていた。まだ屋根の上だった。意識は朦朧とし強烈な耳鳴りで聴覚は半ば麻痺していた。

最後に記憶にあるのは、降り注ぐ欠片が徐々にその大きさを増し空に巨大な弧を描く姿だった ―― つまりどこか別な場所に落ちたのだ ―― かき乱された頭で私はかろうじて考えた。体が落下の瞬間の打ち倒されるような衝撃を覚えていた。

強烈な耳鳴りはまるで私に何か大事なことを聞かせまいとするかのようだった。まだ足元がおぼつかなかった私はのろのろとハシゴまで這い寄ると、それを一歩ずつ慎重につたいようやく庭に降り立った。私はそこで座り込み呼吸を整え、耳鳴りが収まらないかとしばらく待った。耳鳴りの向こうに何か大切なものがある気がしていた。ふと私は押されるようにして家に入った。あらゆるものが床に散乱しているようだったがそんなものは目に入らなかった。耳鳴りが収まるにつれ、なじみのある音が聞こえてきていたのだ。自分の耳を信じるのが恐ろしかった。そんなはずはない、私には、ふさわしくないのだ ―― 私はためらいながらも玄関へ向かい、ドアを開けた。嬉しそうに吠えながら、彼は私の腕の中に飛び込んできた。私は身をかがめて彼を抱きしめ、しばし彼が私の涙を舐めるがままにまかせた。

その翌日を私は荷造りに費やした。もちろん作業の合間に犬と遊び、抱きしめてやるのは忘れない。庭には肥料をたっぷりと詰め込んである。余計な手を加えない限り植物はずっと元気でいてくれるはずだ。空は灰と煙で覆い尽くされていたが、そのうち晴れるさと私は楽観的だった。

衛兵たちは戻ってきていなかった。かなたから鎚の音が聞こえてくる。壁を打ち崩そうという勇者たちが現れたのだ。まもなく向こう側の暮らしぶりがどのようなものだったのか明らかになる。そしてカルダリ人はカルダリ人で我々を見ることになるのだ。別天地で暮らし始めるものもでるだろうが、多くの者はしばらくは今のままでいるのではないだろうか。なんと言っても身内の中で暮らすのはそれなりに安心なものだ。

そして私は恐怖を感じはじめていた。私たちはこの数年間、影の中でじっと待ち構えていたのだ。心が闇に覆われるのにまかせ、憎悪を育んできたのだ。中には私を疎んじ、敵とみなす者もいた。じきにそんな者たちが集まって私を狩りに来るに違いない。それが正しいことだからではない。妥当だからですらない。本性に突き動かされるがままに彼らは動くのだ。打ちのめし、痛めつけるために。力ずくで不正を正すために。それが彼らの頭の中にしか存在していない不正だったとしても。

ためらいも良心の呵責も感じることなく ―― たとえ感じることがあったとしても、ずっと先の話だろう ―― 一切の妥協なく、やるべきだと感じたことを感じたままに実行する ―― そう、そんな衝動は私が一番良く知っているではないか。

だから私は長旅に備えて荷造りをした。彼らがやってくる前に遠く遠く離れておかなければ。

なぜなら彼らも遅かれ早かれ疑問を持つからだ。こんな痩せた土地で一体なぜ庭の植物がこれほど良く育つのか。いずれシャベルを持ってやってくるに違いない。調査をするため、もしくは破壊するために。

敷き詰められた死体を発見するまでにそう長くはかかるまい。

2 件のコメント:

  1. たくましいおじいさんだ。いささか狂気を感じなくもないが、それこそ利用できるものは利用する逞しさともとれる。人とは何なんだろうね

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